01.26.22:33
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07.06.16:57
prologue....
知人の訃報が相次いだ上半期。
人の死を理解する事がいまだに出来ない鈴木。
昨日まで、そこに居たのに、
何故、
今日は居ないのだ?
災害や人災で多くの人の命が奪われても、
名を知らぬというだけで、
結果として素直に受け入れることが出来たりする。
涙を流しても、
もう元に戻らないという事実を受け入れている。
悲しいかな、心が痛むも他人事ということか・・・。
出会いがあれば別れがある。
陳腐なありふれたセリフ。
でも、その通りなんだな。
今まで、自分にとって影響力のある、魅力的な人との出会いは、
私を支えてきた。
多くの人々に支えられて、助けられて今がある。
何も恩返しを出来ていないまま、
居なくなってしまうなんて、あんまりじゃないか。
ありがとうとごめんなさいを、
この世を去った諸先輩方に送ります。
私より先に、もう誰も居なくならないでほしい。
ただそれだけを切に思った。
世界の終りの始まりのような夏の始まりに、
未来を惑う。
《LATE FRAGMENT》
And did you get what
you wanted from this life,even so?
I did.
And what did you want?
To call myself beloved,to feel myself
beloved on the earth.
《おしまいの断片》
たとえそれでも、君はやっぱり思うのかな、
この人生における望みは果たしたと?
果たしたとも。
それで、君はいったい何を望んだのだろう?
それは、自らを愛されるものと呼ぶこと、自らをこの世界にあって
愛されるものと感じること。
Raymond Carver
05.25.11:24
持続性の無い試み。
早起きは三文の徳。
・・・ふむ。
これ三元の徳だったら、あんまり嬉しくないわね。(一元=15円)
昨日は19時に帰宅。21時には就寝。
本日はこれまた空腹にて5時起床。
たっぷり8時間も睡眠を取った上に、お肌に良いとされる黄金時間にちゃんと寝てたという完璧な時間割り。
しかしだ、日本と中国の時差は一時間だから良いとしても、アメリカと日本を行き来したりしてる人は、体内時計が狂って、いつが黄金時間かも分からぬだろう。
鈴木はどこに居ようと、比較的アメリカ時間で生活する傾向が強い、だからといって、昼間に寝てるかといえばそうでもない。基本のサイクルからして滅茶苦茶だからこそ、たまに焦って老化防止パックなんかを衝動買いしたり、何だかよく分からない漢方の粉を肌に塗りたくってみたりする。
青汁も急に思い立って3杯一気飲みしたり、セロリやにんじんをガリガリ生のまま齧ってみたり、やる事もこれまた滅茶苦茶。
持続力・・・
これ、必要ね。
いってきます!
05.24.08:24
サンドイッチ・・・
皆さん、おはようございます。
朝です。
夜一時にベットに潜り込んだはいいものの、
空腹で一睡も出来ませんでした。
お恥ずかしい話です。
昨日は極めて中国的なギリギリになっての予定変更により、
ぽっかりと午後、時間が出来た鈴木。
思い立ったら何とかで、瀧谷氏の美容室へ。
勝手知ったる我が家よろしく、スリッパ持参で行きました。
着いてすぐヒールからスリッパに履き替える鈴木に、
中国人スタッフの賞賛の目。
・・・ま、実際どう思われたかは定かではないけれど、
履き替えた途端に心和んだので鈴木は満足です。
三時間程滞在した後、
病気で寝込んでるワンワン(劇作家)家に見舞いに。
一本20元もする100パーセント果物ジュースを4本を手土産に。
春節以来の再会だったので、もっと感動的な再会になるかと思いきや、
そうでもなく、しかも治りかけのワンワンは、
客人の鈴木をもてなす訳でもなく、黙々と仕事なんかしてて、
がっかりした鈴木はそこで初めて、まる一日何も食べていない事に気付く。
気付いた途端、身体に力が入らぬ程の空腹感。
さり気なく、且つ大胆に、冷蔵庫を探索。
賞味期限ギリギリのサンドイッチを発見するに至る。
ホクホクした気分で、さり気なく、且つ速やかに、レンジでチン。
台所に立ったままサンドイッチを一口食べたところで、
ワンワンに検挙された鈴木。
「何やってんの!」
・・・お腹空いてて・・・。
「夕飯食べて来なかったの?」
・・・うん。
「時計見てごらん。今何時?」
・・・9時半。
「この時間に食べていいの?」
・・・。
「せっかく最近少し痩せたのに、戻るよ。」
・・・。
「あと5キロ痩せるんでしょ?」
・・・はい。
「で、どうするの?」
・・・これは、もう・・・食べません・・・(涙)
ショボンとして、サンドイッチを手放す鈴木。
よく決断したと満足げな笑みを湛えて見守るワンワン。
・・・なんだよ、もう。
恐いよ。せっかく見舞いに来てあげたのにさ・・・。
と、空腹感と腹立たしさとで、黙り込む鈴木。
それを見て、帰りは車で送ってあげるからとワンワン。
新車のベンツを見て更に腹が立った鈴木を知ってか知らずか、
帰る途中に、友達が集まっているカラオケ店に鈴木を連れて行き、
中国語・英語・日本語と三曲鈴木に歌わす、
いとも簡単に機嫌が直ったところで、
カラオケ店を退場。
12時半には我が家へ送還された鈴木。
何だかしてやられた感は否めないが、
仕方が無いので寝る仕度をし、
ベットに潜り込んだ。
どこでも寝られる特技を持つ鈴木であるが、
どんな状態でも寝られるかと聞かれれば、
答えはノーだ。
腹が減っては、睡眠も取れやしない。
さて、仕度して出かけます・・・
今日もがんばろ。
皆さん、良い一日を!
05.20.00:06
全国哀悼日。
四川大地震から1週間がたった19日、中国政府が決めた3日間にわたる地震犠牲者の「全国哀悼日」が始まった。
全国の政府機関などが弔意を表すため半旗を掲げたほか、映画館や劇場などの営業、テレビの娯楽番組の放映など一連の娯楽活動を停止。
地震発生時間と同じ午後2時28分(日本時間同3時28分)からは、3分間黙とうするとともに、防空警報のほか、自動車や列車、艦船の警笛が鳴らされた。
午後2時28分、自宅にて黙祷。
車のクラクションが鳴り響き、近くのマンションの火災警報ベルまでもが鳴らされた。
窓から眺めた街の風景は、この3分間だけ、切り取られた絵の様だった。
災害は、中国だけではなく、地球上全ての人々にとって脅威だ。
今回の地震に関しては、色々と書きたい事があるのだけれど、今日はやめます。
05.17.18:35
ぶっ玉ねぎ。(週末読み物パート2)
10代後半から20代前半にかけて、
といっても実質には3年間くらいだけれども、
何かに追われるように詩を書いていた。
大半は今思えば、見るに耐えない言葉の羅列。
最近そのうちの一部を発見し、読み返してみれば、
どうして、まったく、何ゆえに・・・
と、自分でも驚くほどの精神の病みっぷり。
恐らく実家にまだ大半が眠っている事を思うと、
死ぬ前に処分してしまわにゃ・・・
と焦燥に駆られた訳である。
自分の死後、人が自分をどう思うかなど、
知る由もないが、
だからといって心がザワザワする黒い重い痛い私の言葉たちを、
そのままにしておくわけにはいかぬ。
しかしだ、この救いようのない暗さは、
間違いなく私の本質である。
事実、私を動かすエネルギーの大本は、
’負’であるし、
ネガティブであるが故の表層のポジが、
表向きの私の顔である。
生粋の怠け者である事が、
年を重ねる毎にプラスに効果を発揮し、
おおらかになったと自負してもいる。
キレやすい子供が増えたと世間は言うが、
子供はキレやすい生き物だと私は思う。
つまり、簡単にキレているうちは、
成人になっていようが子供ちゃんな訳で。
ま、ここでそれを言うのはつまり、
20代後半にしておこがましいけれども、
大人になったと自分を少しアピールしてみたかっただけ。
いんや、難しいのは、他人に対してどう対処するかという、
世間様に対する処世術ではなく、
こと親に関していえば、親が健在なうちは、
いつまで経っても自分が子供であるという事実である。
可愛い子には旅をさせよ。
とよく言うが、実際自分の子供が可愛いかろうが可愛いくなかろうが、
生んでしまった責任は親ライオンの肩にのしかかる訳で、
自分の子供に対しては、
厳しくもなろう事は言うまでもない。
そこで子ライオンの親ライオンに対する処世術が、
いかに重要になってくるかである。
親の心子知らず。
悲しきかな、分かった振りをしても、
案外、理解出来ないのが子ライオンの実情であろう。
自分が親ライオンになって初めて知りえる事も多いと聞く。
(鈴木はまだ未経験。あしからず。)
しかも、生まれ育つ地盤が違えば考え方も変わる。
血の繋がり故に、考え方も似たり寄ったりな事にはならないのだ。
そんな~時代も~ああ~ったねとぉ~
と、中島みゆき師匠の歌声高らかにである。
親に加護されている時代は、子にしてみれば、
あったり前田のクラッカー的な心情があり、
有難みを感ずる前に、不平不満ばかり口を出る。
キレる対象として親が一番手になってしまう。
親にしてみても、間違いなく我が子が腐ったみかんに育ってしまっても、
簡単には排除出来ぬのが肉親の弱みである。
そして、腐ったみかんも、世間では排除される事を恐れ、
化けの皮を被り、新鮮さをアピールする現実。
スーパーで肉の賞味期限を偽り売る行為と同じである。
私、脱いでもすごいんです。
なんて中身のある振りしたところで、
大半の人間はたまねぎ。
脱いで脱いで脱いで、最終的には何も残らぬ。
救いは、世間に揉まれる過程でどう調理されるかにかかっている。
いいじゃあないか、目立たなくとも美味しいカレーの秘訣になれれば。
と、割り切れたらこっちのモンであろう。
恐らく、親にしてみれば我が子を、少なくとも、
形の残る状態で調理されるのを願うはず。
親はたまねぎが目に沁みて涙を流すのではない。
我が子、つまり腐ったみかんなのを隠しながらもやはりたまねぎで、
たまねぎで世間に調理され見る影もなくなったが、
香ばしいカレーの中に、我が子、つまり腐ったみかんなのを隠してたまねぎながらも頑張ったが結局、跡形もなく一部の旨味として淘汰されてしまった姿なき姿を思い、
そのカレーがスパイシーなら尚の事、涙を流すのである。
愛だね。
母ちゃん、俺、少なくともたまねぎサラダくらいにはなってみせるよ!
~週末の読み物パート2 完~
